足腰大丈夫な内に、出来る限り不要雑物整理をしようと決心してから久しいが、正直あまり捗っていない。書棚や天袋、押入れ等に詰め込まれていた古い書籍や辞書、百科事典等の類も、ここ数年間で大胆に整理処分してきたつもりだが、中には、「これ、面白そう?」等と目に止まり、残してしまったものも結構有る。その中のひとつに、多分、長男か次男かが、学生時代に使っていたものに違いない、小町谷照彦著 文英堂の「小倉百人一首」(解説本・参考書)が有る。パラパラとページを捲ってみたところ、なかなか詳しく、分かりやすく、決して、「今更 向学心?」なーんてものではなく、子供の頃、作者や歌意も分からないまま、「けふ、けふ、けふ・・」「なほ、なほ、なほ・・・」等と、正月になると必ず家族でやっていた「百人一首かるた取り」を思い出して懐かしくなってしまったからで、今更になって、「へー!、そういう歌だったのか・・」、目から鱗・・、になっているところだ。
「小倉百人一首」は、奈良時代から鎌倉時代初期までの百人の歌人の歌を、藤原定家の美意識により選び抜かれた秀歌であるが、時代が変わっても、日本人の心情が呼び起こされるような気がしてくる。
ブログネタに?、頭の体操に?、いいかも知れない等と思い込んでしまい、数年年前から、「春」「夏」「秋」「冬」「恋」を詠んだ歌を取り上げて、ブログ・カテゴリー「懐かしい小倉百人一首」に書き留めてきたが、そのいずれの区分にも属さないとされる歌も沢山有り、引き続き、順不同、ボツボツ、書き留めてみることにした。

百人一首で、
「春」「夏」「秋」「冬」「恋」を詠んだ歌以外の歌
その2
天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ
をとめの姿 しばしとどめむ
出典
古今集(巻十七)
歌番号
12
作者
僧正遍昭
歌意
空を吹く風よ、
(天女が通る)雲の中にある通路を吹き閉ざしておくれ。
(舞いが終わっても、直ぐには天上に帰れなくして)
天女のように美しい舞姫の姿を、
ここにもう少し地上にとどめておきたいと思うから。
注釈
「天つ風」は、ここは、呼びかけで
「天の風よ!」「空を吹く風よ!」の意。
「雲の通ひ路」とは、雲の中に有る天上への通路の意。
舞姫を天女に見立て、舞いが終わると天に帰ると想定した表現。
「をとめ」は、「天女」の意。
ここでは、舞姫を天女と見立てている。
「五節の舞姫を見て詠める」という題が付いており、
宮中で毎年11月に行われる「豊明節会」の際に舞う
未婚の美女達のこと。
「とどめむ」の「む」は、意志、希望の助動詞。
「とどめておきたい」と訳す。
僧正遍昭(そうじょうへんじょう)
第50代天皇桓武天皇(かっむてんのう)の
皇子良岑安世(よしみねのやすよ)大納言の子。
俗名良岑宗貞(よしみねのむねさだ)
第54代天皇仁明天皇に仕え、蔵人頭、右近衛少将となったが、
天皇崩御の際に出家、比叡山で剃髪、35歳で僧侶なった。
「六歌仙」の一人。
「六歌仙」とは、
平安時代初期の優れた歌人6人のこと。
在原業平(ありわらのなりひら)
僧正遍昭(そうじょうへんじょう)
小野小町(おののこまち)
文屋康秀(ふんやのやすひで)
喜撰法師(きせんほうし)
大伴黒主(おおとものくろぬし)
川柳
遍昭は乙女になんの用がある
僧正という偉い坊さんなら、俗世間を超越しているべきなのに、
乙女に心ひかれるとは、何事か・・等という
意地悪な、からかいの気持ちの句。
参照・引用
小町谷照彦著「小倉百人一首」(文英堂)
(つづく)