たけじいの残日雑記懐古控

「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」・日記風備忘雑記懐古録

若かりし頃の拙い(つたない)赤面詩・その14 「弁天島慕情」(再)

記憶から完全に喪失していた物が、つい最近、不要雑物身辺整理中に出てきた。若かりし頃、若気の至りで、書きなぐっていたと思われる詩の類である。
不揃いの便箋やレポート用紙等に、バラバラと走り書きしたような代物で、色褪せてカビ臭い茶封筒に詰め込まれ、天袋の奥の段ボール箱に入っていた。
そのまま、ゴミ箱行きにすれば良さそうな物だが、数十年ぶりに目にして、タイムカプセルを開けるが如く、ある種、感動さえ覚えてしまい、全てを捨て去る前に、「青春の思い出の欠片」として、ブログに書き留め置こう等と考えてしまった。
八十路過ぎの爺さんには、気恥ずかしく、冷や汗が出るような、赤面の至り、拙劣な詩の類ばかりだが、恥じも外聞もなく、そのまんま・・・・。
こんなメモみたいな詩が、数十年後になって、ブログで他所様に公開される等、当時は想像だに出来なかったことであり、今更ながら感慨深いものがある。 
「ブログ内検索」してみると、5年前に、「goo blog」に書き込んでいたことが分かったが、「Hatena Blog」に引っ越した機に、コピペ、リメイクし、改めて、ブログ・カテゴリー「詩・エッセイ」に、書き加えることにした。


若かりし頃の拙い(つたない)赤面詩・その14
弁天島慕情」(再)


見つかった茶封筒の中に、弁天島慕情」と題した詩(もどき)も入っていた。隅には、「昭和42年11月19日」、と記されており、今から58年も前に書いた詩ということになる。
58年前と言えば、静岡県浜名郡舞阪町に有った独身寮で暮らしていた頃であり、薄給、マイカーも、レジャーも、まだ夢だった頃であり、休日には、レコードを聴いたり、同室の先輩とヘボ碁を打ったり、親しい同寮友人等と、舞阪、浜名湖弁天島、新居等を、ぶらつくことくらいしか、無かったような気がしているが、浜名湖弁天島をぶらついた後の秋の夜長、感傷と妄想で書いたのかも知れない。
赤面するような詩であるが、まさか、数十年後に、ブログで、他人様に公開される等とは、当時は、想像も出来なかったことであり、よくもまあ、これまで仕舞い込んでいたものよ、我ながらあきれてしまってもいる。

アルバムに貼ってあった古い写真、
多分、浜名湖弁天島辺りの雨が降っていない日の夕暮れの写真だ。
シルエットになっているのは、同じ寮で親密だった友人S氏。
彼は、その数年後に退職し、御前崎の実家に帰り、家業を継いだが、
40代?50代で、早世してしまった。


弁天島慕情」

そぼふる雨の
静かなる 浜名の夕暮れ
秋深く 沈んだ旋律

声もなし 影もなし
ひたぶるに うら悲し
一人 遠く ノスタルジー

そぼふる雨に
静かにかすむ 島影
秋深く 感傷の旋律

音もなし 波もなし
水面に影る 舟つき場
一人 憂愁の想いに沈む

(昭和42年11月19日)

(つづく)