図書館から借りていた、青山文平著 「つまをめとらば」(文藝春秋)を、読み終えた。
本書は、2016年の「第154回直木三十五賞受賞」作品で、江戸時代後期を時代背景とし、登場人物がそれぞれ異なる、「ひともうらやむ」「つゆかせぎ」「乳付」「ひとな夏」「逢対」「つまをめとらば」の短編時代小説6篇が収録されている。

読んでも読んでも、そのそばから忘れてしまう老脳。
読んだことの有る本を、うっかりまた借りてくるような失態を繰り返さないためにも、
その都度、ブログ・カテゴリー 「読書備忘録」に 書き留め置くことにしている。
「ひともうらやむ」
▢主な登場人物
長倉庄平(本条藩馬廻り組番士)・康江、
長倉克巳(本条藩御馬廻り組番士)・長倉恒蔵(本条藩家老)、
世津、浅沼一斎
内藤啓次郎(組頭)、川俣源右衛門(番頭)、
▢あらまし
ひともうらやむような男女、克己、世津は、結婚したものの、うまくいかず、
克巳は、世津から一方的に離縁を申し出され、親戚であり、同い歳の庄平に相談
したのだったが・・・。
世津が駆け込み寺慶泉寺に入寺、克巳は、世津を追って押し入り、世津を殺害し
切腹してしまう。
自責の念と体調不良から庄平は致仕、浪人となり、ぱっとしない田舎者の妻康江と
共に江戸に出るが、意外や意外、康江が大活躍。
「いいねえ、庄さんのおかみさんはとびっきりの別嬪さんで」
いまや、職人仲間となった裏店の男たちもしばしば冷やかす。
「人も羨むってやつだ。心配になりゃしねいかい」
「いや、そんな」
などと、かわしながらも、時折、世津に似てきたと思うこともある。
「つゆかせぎ」
▢主な登場人物
侍(主人公・旗本大久保家の家臣)
朋(とも・竹亭化月)
吉松(地本問屋成宮誠六の番頭)
勘右衛門、惣兵衛、銀、
▢あらまし
俳諧が趣味の主人公の侍に嫁いできた朋が急死、その直後、朋が実は人気戯作
作家であったことが分かるところから、物語が始まっている。
主人公の侍は、常々、朋から、侍をやめて俳諧師になるべきだ、と言われていた
こともあり、戯作作品に何が書いてあるか知るのが怖くもあり、動揺する。
主人公の侍は、もともと、業俳(俳諧を生業にする者)になる気がなく、遊俳(別
に本業が有る俳諧師)であり続けることを望んでおり、大久保家の勝手掛用心の
仕事を着々とこなしているが、知行地の寄合に向かった途中旅籠の主人に、「つゆ
かぜぎ」の女を引き合わせられる。「種がほしい」、という。
そうだな、大事にせねばな、と私は男親のように言って腹から笑った。
そして西脇村へ行くのも「、今回が最後になるかもしれないと思い、寄合を済ま
せて江戸に戻ったら、(朋の人気戯作)「七場所異聞」を読んでみようと思った。
「乳付」
▢主な登場人物
神尾信明(旗本、両番家筋)・民恵・新太郎・隆子、
瀬紀、
島崎彦四郎(民恵の父親、御家人、徒目付)
▢あらまし
御家人島崎彦四郎の娘で漢詩が得意な民恵は、学んだ西湖吟社の仲間だった旗本
神尾信明に見初められ、身分違いの旗本の嫁になるが、なんとなく釈然とせず。
第1子新太郎を出産しても、姑隆子が差配、乳母瀬紀は、若くて美人。
疑念と悋気に苛まれる。重苦しい物語が、解き放たれるのは、釣りを趣味にして
いる民恵の父親彦四郎のアドバイスだった。
「信明殿を支えられるのは、神尾様の用心でも母君でもなく、おまえだからだ」
「あの、わたくし、悋気いたしました」
「悋気。ですか」
信明はまた茶を含み、遠くを見やってから言った。
「人は悋気をするものです」
そして、ひとつ息をついてつづけた。
「そう言えば、明日は二十六夜待ちでしたね」
「ひと夏」
▢主な登場人物
高林啓吾・高林雅之・理津
三枝善右衛門(柳原藩中老)、半原嘉平(柳原藩大番組二番組組頭)
伊能征次郎、勘兵衛(名主)
喜介(干鰯屋)・タネ、信介、新吉、
▢あらまし
柳原藩馬廻り役高林雅之(28歳)の弟(部屋住み)で、うだつのあがらなかった
高林啓吾(22歳)に、中老三枝善右衛門から、突然お召出(おめしで)が有り、
幕府御領地の真ん中にある飛び領地杉坂村の支配所勤務を命じられるが・・・。
過去、赴任して二年も勤めると気がふれるとされる難しい任地。
果たして・・・。
押し入り立て籠もり事件発生、直心影流岡崎十蔵と奥山念流啓吾の決闘シーンが
見事に描かれている。
「先生、剣術を教えておくれ」
手習いが終わると新吉と信介は必ずそう言ってまつわりついてくる。
「あんた、いっそウチへ婿に入ればいいんだ」
干鰯屋の喜介は、村民の目が届かなくなると啓吾に言う。
村は結局、なにも変わっていない。
けれど、村を見る自分の目は、このひと夏で、 随分と変わった気がする。
杉坂村は、もうあき。実りの季節だ。
「逢対」
▢主な登場人物万
竹内泰郎
里(煮売り屋)・四万、
北島義人
長坂備後守秀俊(若年寄)
▢あらまし
旗本であっても、番入り出来ない、御家人より低い家禄の竹内家、一人暮らしの
泰郎(28歳)は、独学で算学を修め、細々と算学塾で生計を立てていたが、近くの
煮売り屋の女、里(24歳)と深い仲になってしまった。
旗本と町人の娘、身分違い。この先どうする?、
無駄とも思える「逢対」することも武家奉公と心得ている、幼馴染北島義人に
ならって、「逢対」をすることにしたが・・・、
「逢対(あいたい)」とは、幕府の権力有る人物に、出仕を求めて日参すること。
(就職活動)。
「逢対」に丁寧に応じているという若年寄長坂備後守秀俊から呼び出された泰郎、
出仕の条件を示されて、愕然・・・。
潔く、その権利を義人に譲ってしまい・・・。
算学一本に絞って夫婦になりたいと告げる泰郎に、
「わたしは、あなたのお嫁さんになりたいなんてちっとも、思わない、って
言ったわよね」
「ああ、言った」
妾暮らしなんぞより、本妻暮らしのほうがずっといいことを、しっかり分から
せてやるつもりだ。
「つまをめとらば」
▢主な登場人物
深堀省吾・幾・辰三・豊・紀江、
山脇貞次郎
佐世、
花屋久次郎(花久・菅裏)
▢あらまし
三番目の妻紀江と離縁し、借金を抱えたまま隠居、金にならない川柳から金になる
戯作(げさく)作りに変えて、暮らしていた省吾が、上野の山で幼馴染の貞次郎と
出会い、貞次郎が省吾の家作(借家)に引っ越してくることになった。
お互いに訳有りの身でありながら、お互いのことよく知らず分からずだったが、
諦めが良く、揉め事が嫌い、穏やかなのが好き、事なかれ主義、争いは避けて、
何事にも退いてしまう性癖の省吾、
男二人、お互いに認め合って、仲良く暮らし始める。
しかし、かつて省吾の家の下女だった佐世が、堂々とした農婦になり、味噌売りと
なって現れると、貞次郎が佐世と暮らすと言って、省吾から離れていく。
「ここで女と暮らしてもよいかと思ったがな。ここだと未練が残る」
「なんの未練だ」
「一度は、爺さん二人でずっと暮らしていこうと思った未練だ」
歳を重ねるにつれて、分かったことも増えたが、分からないことも増えた。
分かっていたことも、分からなくなったりする。
「済まんな」
ぽつりと貞次郎が言う。
「なに、済まんことなどあるものか」
「やっぱり、省ちゃんは餓鬼大将で、俺は使いっ走りだ」
んなことは、ない。ぜんぜんない。